《 軍隊風 》 【 チェロ協奏曲 ト長調「軍隊風」】 十九世紀後半のパリを中心に活躍したオッフェンバックは、 フランス人作曲家ということになっているが、ドイツ生まれのユダヤ人である。 ケルンで生まれたオッフェンバックの本名は、 ヤーコブ・エーベルストだが、 父がオッフェンバッハ・アム・マインの出であるため、 オッフェンバックと名のるようになった。 父は、製本業のかたわら、ユダヤ教会の先唱者をつとめていたが、 家庭ではヴァイオリン・フルート・ギターを教え、 機会音楽(特定の式典などの機会のために作られた音楽)の作曲もした。 ジャックの教育は先ず父親によって始められ、後にフランスで勉強をし、 第二帝政時代の代表的オペラ・ブッファ(喜歌劇)の 作曲家として活躍した。 この帝政と結びついていたオッフェンバックは、1870年の 普仏戦争とそれに伴うナポレオン三世の第二帝政の崩壊で、 不利な状態となり、一時はイタリアとスペインに逃れていたが、 3年後には帰国してパリで活動を始めている。 36歳のときに、自分で劇場を持ち、次々と喜歌劇を作曲したが、 4幕からなる「天国と地獄」は、あらゆるオペレッタの中で、 最も有名なものの一つにあげられる。 高名なチェリストだったオッフェンバックは、 チェロのための作品も多く遺している。 作曲家として認められる以前の1840年代にはチェロ奏者として、 ヨーロッパ中で活躍していた。 「チェロ協奏曲 ト長調」は、この時期の28歳の年の1847年に 第1楽章のみがオッフェンバック自身のチェロにより初演されている。 その後、スケッチなどをもとに第2楽章と第3楽章を復元した 不完全な形の全曲演奏が行なわれたことがあったが、 肝心な全曲の自筆のスコアはオッフェンバック家の 書庫に長く忘れ去られていた。 二十世紀に入るとこのスコアが競売にかけられ、 世界中にバラバラになっていた。 その後一枚ずつ集められ、初めて全曲が完全な形で 演奏できるようになった。 この楽譜は新たに編集された作品全集に納められている。 3楽章からなる「軍隊風」は、第1楽章の冒頭や 第3楽章で聴かれるティンパニーやトランペットの響きが 軍隊の雰囲気を感じさせることからつけられた。
第1楽章 Allegro maestoso 第2楽章 Andannte 第3楽章 Allegretto